# 道徳の時間は先生と子供が同じラインで…情報と対話と教育

( Information & Communication & Education )

「道徳の時間は自由な発言で子供の意見に諭される時もある。他の教科と違って『道徳は先生と児童が同じ目線で行われる授業』かもしれない…。

とはI小学校のI教諭のお話。

なるほど,知識の蓄積や思考のパターン生成と違って心の在り方を考える「道徳」という科目を的確にとらえているのではと思う。

しかし,ICT担当が今まで民間ビジネスの情報システムの在り方を考えてきた中で考える授業(Education)とは少々食い違う。

情報システムのビジネスで,IT ( Information Technology )という言葉は「情報をどう扱いマネジメントするか」という定義になるが,情報をどうマスに対して伝達するのか,伝達する情報をどう生成するかという事が,経済効果を上げていくために技術革新されていったと考える。

比して日本では真っ先にNTTが唱えだした(と記憶しているが違うかもしれない)ICT ( Information & Communication Technology )という言葉では,IT技術に「インターネットのTCP/IPなど通信技術」「マルチメディア技術 (画像,音声,動画などを扱う技術)」が加わって,それによって教育をはじめとする様々な分野で経済価値以外の効果も含めて情報をどう上手に伝えるかという事が主眼になったと考える。

ここで,Information と Communication の違いを述べてみたい。

Informationは,情報優位者(知る者)から情報下位者(知らざる者)への一方的伝達されるものである。しかしCommunication ( 双方向のやり取り) は上下の差異が少なく,ある一定以下のレベル差の範疇でないと成り立たない。

では 「Education (教育)はどうだろうか?

算数や国語や理科や社会,なんでも良いけれども,もちろん知識としての情報は大人である先生の方がもちろん優位にある。大人同士なら知識伝達も簡単だろう。しかし相手は「単元」や「めあて」で示される概念を持たない子供たちである。

学校の先生というのは,自分の知識を噛み砕き,子供のレベルまで優位性を捨てて(落として),子供の目線でコミュニケーションを図り理解をさせて少しづつ理解度(子供のレベル)を引き上げていくのだ。

つまり,

「学校の先生は意識するかしないかは別に,(道徳に限らず)どの教科でも子供の目線まで降りて,そこから子供たちの知識レベルを引き上げているのである。」

冒頭のH先生の意見に反目するつもりではなく,もちろんH先生も全ての教科において実はそれを実践しているからこそ子供たちも多くをH先生から学び慕われている訳である。